2020年5月の記事一覧

校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第5回ー

 先週と今週の2週にわたって登校日が設定され,生徒の皆さんの元気な声を久々に聞くことができました。校長室の前を通りかかった生徒と目があって,挨拶をしてくれる・・・そんな何気ないシーンが嬉しくて・・・私たち教員にとって疲れを癒やす一番の薬は生徒の笑顔なんだと改めて感じました。

 さて「挑戦する読書」第5回です。今回はいわゆる読書案内本の紹介です。しかし,「挑戦する」読書案内です。手応えあります!

 2009年4月から7月まで,作家である辻原登(つじはら のぼる)氏が東京大学で行った「近現代小説」という講義をもとに構成された本です。14回の講義のうちの10回が収録されています。文学に興味がある生徒は是非10代で読んでおいて欲しい本。東大の講義ですからそう簡単に理解できる内容ではないけれど,読み応えがあって,難しいなあと感じつつも読み進めていくと,いつの間にか講義に引き込まれ,これまで読んだことのない世界文学を手に取ってみたくなること間違いなしです。

 辻原 登『東京大学で世界文学を学ぶ』 集英社文庫
 
 日本近代文学を専攻した私は,近現代の世界文学を読む機会が少なかったのですが,少ない読書経験の中からもう一度読んでみようと,読み返した作品がセルバンテスの「ドン・キホーテ」。この本を読んでから読み返してみると面白さが全然違うのです。また「静かに爆発する短編小説」という副題がついた第4講義では,私はこれまで聞いたことのない,読んだことない作家(後から有名な作家であることはわかるのですが・・・)の短編がいくつも収録されていて,実際に短編を学生と先生が読んでいて,そのやりとりのシーンを読むことができます。辻原氏の解説がとても興味深くて,私はこの本を読破する前に読みたくなって,エルンスト・ブロッホや,ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編を探しに本屋に向かったほどです。
 実際の講義に参加していたかったなあと感じました。でも・・・本になっているので難しいところは読み返して理解できますが,直接その場で聞いていたら理解できなかったかもしれませんね。紹介した講義はこの二つです。

  ○第4講義:私をどこかへ連れてって-静かに爆発する短編小説-
  ○第5講義:燃えつきる小説-近代の三大長編小説を読む-
         ①セルバンテス「ドン・キホーテ」

 どうでしょう。挑戦する価値ありの一冊です。

                                         令和2年5月29日
                                          校長 小川 典昭

校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第4回ー

  6月1日(月)からようやく学校再開です。中高の時差登校,40分授業とはなりますが,一日を通して授業を展開します。生徒のみなさんは先週,今週の登校日を通して連絡のあった内容を十分に理解し,授業再開に備えて下さい。先生方も感染予防に向けて,「学校の新しい生活様式」を確認し,皆さんの登校を待っています。3ヶ月に及ぶ休業中,ロイロノート等での学習に真面目に取り組んだ皆さんの努力に心から敬意を表します。

 さて「挑戦する読書」第4回です。今回は国立西洋美術館開館に至るある一人の日本人の物語。それまで西洋の有名な画家の作品を雑誌や複製画でしか見ることができなかった日本の画家たちや,青少年のために全財産をかけて奔走した「松方幸次郎」の物語です。

 原田マハ 『美しき愚かものたちのタブロー』 文藝春秋
 
 東京上野公園内,動物園へと向かう右手に国立西洋美術館が建っています。私も何度も足を運んだ美術館ですが,中に入ると「松方コレクション」なる説明書きがあって,読んだ記憶はあるのですが,実はこの実業家である松方幸次郎が,ロンドンとパリで,命をかけて買い集めた作品だったことはあまり気にも留めませんでした。

 この本を読んでみると戦争によってその作品がフランス政府によって接収されてしまい,日本での本格的な美術館建設が頓挫してしまいそうになったこと。取り返そうと必死になった当時の吉田茂首相のエピソードや,クロードモネとの親交,ゴッホやルノアールといった有名な画家の作品との出会いの経緯も描かれ,美術好きの人であればどんどん作品の世界に引き込まれていきます。

 日本人は世界でも有名な美術好きの国といわれます。「ほんものの絵をみたことがない日本の若者たちのために,ほんものの絵が見られる美術館を創る。それがわしの夢なんだ。」と語った松方幸次郎の理想と信念に触れてみて欲しいと思います。日本に松方幸次郎がいなかったら,画家を目指す青年たちはどうなっていたのだろう・・・                        
                          令和2年5月25日
                          校長 小川 典昭
 

校長より生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第3回ー

宮城県においても非常事態宣言が解除され,長かった学校の臨時休業にも光が見えてきました。来週は分散登校ではありますが,ようやく生徒の皆さんと会えることになりました。短時間ではありますが,18日(月)から20日(水)まで,まずは中学校と高校が午前午後に分かれて登校することになります。生徒職員お互いに,感染予防に十分留意し,6月1日の授業再開に向けての準備をしたいと思います。先生方も笑顔いっぱいです。

 さて「挑戦する読書」第3回です。今回は戯曲(ぎきょく)です。平たくいえば,お芝居の台本ですね。仙台一高出身で仙台文学館初代館長さんとしても有名な,劇作家です。

 井上ひさし 『雨』 新潮文庫                         

 私はお芝居が好きです。理由の一つは,こんなことを言うと演劇人から叱られるかもしれませんが,役者さんを生(なま)で見られること。芝居の面白さと,旬の役者さんを同時に味わえるという点で,井上ひさしの劇団「こまつ座」の芝居を多く観劇しています。中でも今回紹介する「雨」は,およそ10年ほど前に東京にでかけ,そのストーリーのすばらしさ,どんでん返しの結末に驚き,今でも印象に残っている作品です。見終わってから,この本を何度か手にとって読み返したほどです。(東京まで出かけたのは,主役の市川亀治郎(今の猿之助)と,永作博美を生で見たかったということなんですが・・・)

 昨年,本校に来校し,大講義室で夏目漱石「こころ」について講演され,引き続いて図書館で芥川龍之介「羅生門」について授業して下さった小森陽一先生を,皆さん覚えているでしょうか。新潮文庫を手に取ってみると,実は,解説を書いていらっしゃるのが小森先生でした。先生の解説の冒頭を紹介すると・・・

 「江戸の金物拾いの徳(とく)が,外見がそっくりだと言われて,羽前国平畠藩の紅花問屋の当主である紅屋喜左衛門に成りすまそうとして,逆に仕掛けられていた罠にはめられてしまうのが『雨』の物語です。」

 金物拾いという貧乏な境遇の徳が,裕福な紅花問屋(舞台は井上ひさしの生まれ故郷山形です)の主人に仕立て上げられ,自分もその気になって江戸の言葉を捨て,金物拾いの習性も必死で直して,本来の自分を次々と消していきます。ところがその努力が,最後になって仇となってしまうのです。実は平畠藩の財政を救うために紅花の凶作として幕府を欺いていたことがばれて,その責めを喜左衛門一人にかぶせてしまおうとのたくらみだったのですが,別人であることを証明しようとすると・・・

 戯曲というとなかなか手にすることが少ないと思います。しかしながら井上ひさしの作品は読み応えがあり,読み進めるうちに作品世界に引き込まれていくのです。この『雨』はおすすめです。        

                               令和2年5月15日
                                校長 小川 典昭

校長より生徒の皆さんへ「挑戦する読書-第2回-」

 

 臨時休業が今月末31日(日)まで延長されました。しかしながら,18日(月)からは中学校,高校ともに学年ごとに登校日を設定し,生徒の皆さんと会えることができるようになりました。学校においても,来週一週間は感染防止に向け,万全の準備をして皆さんの登校を待ちたいと思います。学校からの黎メールをしっかり確かめ,登校に備えて下さい。

 さて「挑戦する読書」第2回です。今回はフランス文学です。

  モーパッサン『脂肪の塊』岩波文庫

 舞台は普仏戦争。プロイセン軍に占領されたフランス北部ルーアンという都市に住むフランス人たちが乗合馬車に乗って街から逃れようとしているところ。その馬車には「脂肪の塊(ブールドシェイフ)」と呼ばれた娼婦と,国会議員やワイン問屋を営むお金持ちの夫婦,上流階級の夫婦,伯爵夫妻,そして修道女2人などが乗車していて,馬車の中は当時のフランス社会を象徴する空間でした。
 作品の前半では,乗客は取るものも取りあえず街を出ようとしたことで,空腹に苦しむ乗客が描かれます。ところが食料がたくさん入ったバスケットを取り出したのがブールドシェイフ。空腹に耐えかねていた人々に対し食料を勧めると,それまで車内で冷たい視線を浴びせ続けていた人々の態度は一変・・・。

 物語は馬車が占領されている場所を通る佳境に入ります。

 通行を禁止され一行は足止めを食らいます。なかなか出発を許されず,命の危険を感じ始めた一行は、空腹を満たしてくれた恩義も忘れ、ブールドシェイフに対し,ことば巧みに犠牲の精神を説いて,プロイセン軍の士官に身を売らせようとします。ここから結末までは是非手にとって読んで欲しいと思います。

 実は他人に対する思いやりを持っていたのは娼婦ひとり。社会的に蔑まれている娼婦を主人公に人間の醜さを浮かび上がらせたモーパッサンのデビュー作です。私は大学生の時に初めて読んで,それまで外国文学を読まずにきた自分自身に焦りを感じた作品です。人間の内面に鋭く切り込んだこの作品に挑戦してみてはどうですか!

                       令和2年5月8日
                                校長 小川 典昭
 

 

校長より生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」-第1回-

 学校の臨時休業が再延長となりました。再開を心待ちにしていた生徒の皆さんにとっても,私たち教職員にとっても,辛い時期が続くことになります。先生方も気持ちを切り替えて,皆さんの登校を心待ちにしながら,教材研究,課題作成に集中しています。
 休業中にあっても,本校の先生方とロイロノート等でつながり,自学自習に取り組んでいる生徒の皆さんの学習意欲に心から敬意を表するとともに,この時期だからこそ取り組める読書を!との思いから,普段,あまり手にする機会のない本を紹介してみたいと思い,ペンを執りました。

 第1回は・・・

 保坂和志『「三十歳までなんか生きるな」と思っていた』草思社

 この本は,私が国語の教員として,小論文の受験指導で目にしたのが最初でした。何と言ってもこのタイトルが衝撃的です。 本の帯に綴られている言葉には”結論に逃げ込まずに、「考える」行為にとどまりつづけろ! ”とあり,読者に対し,真に「考える」ことの意味を問い,読者を本質的な思考に導く書であることが,おぼろげながら伝わってきます。
 中学・高校時代は,自分とは何か,人は何のために生きるかといった自分自身との対話の中で苦しみ,正解にたどりついたとは思えずに挫折感ばかりを覚える時代なのかもしれません。しかし,このもがき苦しむ時間が青年期には必要です。一般化され,目の前に投げ出された結論に飛びついてしまっては,自分の前に立ちはだかる壁を前に逃げ出すことばかりを選択する大人になってしまう。この答えのない哲学的な問いに耐えうる粘り強さを身に付けることができるのも青年期なのです。
 「十代のときに感じる世界の手触り」「わかるという檻」「”才能”なんて関係ない」「頭の働きは二十代がピークなのか」「”自分の考え”は”自分の考え”ではないかもしれない」「三十歳になるなんて思ってなかった」・・・・
 この本に私は40代で出会った。生徒の皆さんには,今だからこそお勧めする本。時間をかけてじっくり読んでみてほしいと思う本です。
                                              令和2年5月1日
                                              校長 小川 典昭