校長室から皆様へ
校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第10回ー
生徒の皆さんは宮城県美術館に足を運んだことがありますか。いま老朽化が問題となって移転問題が議論されているのを知っていますか。そして宮城県美術館が,日本でも名のあるコレクションを有していることを知っていますか。
その名を「洲之内(すのうち)コレクション」といいます。作家の洲之内徹(とおる)が個人で収集した美術品で,油彩画,水彩,素描,版画や彫刻など全部で146点だそうですが,本人が亡くなった後,一時は散逸の危機もあったのだそうですが,宮城県美術館にそっくりそのまま収蔵されました。
洲之内コレクションが評価されているのは,洲之内独自の直感で「買えなければ盗んでも自分のものにしたくなる絵」を収集し,それによって再評価された画家たちが多くいたことです。個人のコレクションが一括して美術館に収蔵されることも稀なのだそうです。また,洲之内は『芸術新潮』という有名な美術雑誌に,「きまぐれ美術館」を連載し,コレクション作家の魅力について発信し続けました。
洲之内 徹『洲之内徹が盗んでも自分のものにしたかった絵』求龍堂
今回,皆さんに紹介するこの本は,実際の絵を見ながら洲之内のが連載した文章を読むというスタイルになっており,洲之内本人の審美眼,そして彼の直感を感じることができます。洲之内コレクションを収蔵した宮城県美術館では,人気の高い作品を中心に常設展示をしています。私が好きな作品は,全体が青色で覆われ,美しい女性が頭に魚を載せた海老原喜之助の「ポアソニエール」という作品です。もしかすると皆さんの中には「あ~これ見たことある!」という猫の絵を見つける人がいるかもしれません。長谷川潾二郎の「猫」です。床が赤で,画面いっぱいに猫が寝ている絵ですが,特徴はひげが片方しか描かれていない点です。以下は「猫」に添えられた洲之内の文章です。魅力的なエピソード。見てみたくなりますよね。
「猫」の絵だけは,6年前に完成していた。完成していると思ったので,私は譲ってくださいと頼んだ。すると長谷川さんは,まだ髭がかいていないからお渡しできませんと言った。言われてよく見ると,なるほど髭がない。「ではちょっと髭をかいてください」と私は重ねて頼んだ。すると長谷川さんはまたかぶりを横に振って,猫が大人しく坐っていてくれないと描けない,それに猫は球のように丸くなるし,夏はだらりと長く伸びてしまって,こういう格好で寝るのは年に2回,春と秋だけで,それまで待ってくれと,いうのであった。
続きを含めて,是非手にとって読んで見て,そして県美術館に足を運んでみてください。
令和2年7月7日
校長 小川 典昭
校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第9回ー
「挑戦する読書」第9回は,まさに皆さんに挑戦して欲しい本,樋口一葉の「大つごもり」です。一葉といえば5,000円札の肖像で有名ですが,実際に作品を手にした人は少ないのではないでしょうか。その理由は,作品としては短編が多いのですが,何と言っても文体がほとんど古典といってもいいくらい難解になってしまっているからだと思います。明治時代に書かれた小説ですので,会話の部分は皆さんがいま読んでも内容を理解できるのですが,地の文は文語体です。作品に出てくる言葉やもの自体も,解説を読まないとぴんとこないことが予想されます。
ではなぜ皆さんに紹介するのかというと,作品自体に魅力があるんです!一葉の作品は恋愛ものが多く,かつ悲しい話なのですが,読み終わって心にじーんとくるものばかり。
私は樋口一葉の作品が大好きで,東京の樋口一葉記念館には何度も足を運んでいます。今回皆さんに紹介するのは「現代語訳」です。この本は訳が大胆すぎるところはありますが,ストーリーを頭に入れてから原文にあたってもらえればと思います。実は一葉の作品は音読するととっても調子がいいんです。何度も声に出すと,原文のリズムが心地よくなってきます。おすすめです。
現代語訳 樋口一葉 『大つごもり』 河出書房新社
「大つごもり」のあらすじです。主人公は「お峰(おみね)」。女中として働いています。奉公先はお金持ちなのですが,その息子の石之助がお金を湯水のように遊びに使う放蕩(ほうとう)息子です。あるときお峰は唯一の血縁である伯父(お峰は両親を早くに亡くしています)が病で倒れます。お峰は,何とか休みをもらって伯父のところへ戻ります。すると伯父は,借金の利子を年内に払わないと暮らしていけないから,奉公先から「2円」を借りてもらえないかとお峰にお願いします。
奉公先の奥さんは大変厳しい人で,借金を申し出てからずっと知らんぷり。お峰が話を切り出しても素知らぬ顔です。そんな時に伯父の8つになる息子がお峰のところにお金をとりに来てしまいます。お峰は自分はどうなってもいいと,引き出しから2円を引き抜いて渡してしまうのです。
ここからラストシーンまでは内緒です。でもキーマンは放蕩息子の石之助です。
タイトルの「大つごもり」の意味は大晦日(おおみそか)です。
令和2年6月29日
校長 小川 典昭
校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第8回ー
「挑戦する読書」も第8回となりました。学校休業が長引き,生徒の皆さんがこの時期だからこそじっくり時間をかけ取り組んで欲しい本を紹介しようと思い立って,この連載を始めました。「挑戦する」というタイトルは,簡単にすらすらと読める本ではなく,黎明中学校・黎明高等学校に入学したのだから,難しくても手にとって欲しい,読破して欲しいという意味を込めました。
昨年,読書週間を前に,全校集会で岩波文庫全7巻,アレクサンドル・デュマの「モンテクリスト伯」を紹介しました。エドモン・ダンテスが無実の罪で長い年月投獄され,脱獄してお金持ちになり,モンテクリスト伯爵を名乗って自分を陥れた人々に復讐する物語です。私は「ニュースステーション」でキャスターを務めていた久米宏さんが,この作品を紹介され,夢中で7冊を読破した話に触発されました。読み始めるとどんどん作品世界に引き込まれていきます。読んでいない生徒の皆さんには是非この機会に手にとって欲しい作品です。
A・デュマ「モンテクリスト伯」第1巻~第7巻 岩波文庫
さてここからが今回の作品紹介です。みなさんはこれまで本を読みなさいと,様々な機会にお話しされてきたことと思います。なぜ本を読まなくてはならないのか!本を読むことでどんな力がついてくるのか!その明確な答えを知っていますか。私は国語の教員ですのでその答えは私なりに生徒たちに話してきたつもりでしたが,この本を読んで,その答えが明確になりました。答えはここでは明かしませんが,この本では,小さい頃に良質の絵本に触れることで,読書世界がどんどん広がっていくことを紹介します。絵本の好きな生徒にはこれも読んでみよう,あれも・・・と思わせてくれる,魅力的な絵本紹介本にもなっています。今回は難解な本ではありません。なるほどそうだよね!と頷きながら読んでいくことになりそうです。
脇 明子(わき あきこ)「読む力は生きる力」 岩波書店
筆者は,出版当時,ノートルダム清心女子大学教授で,幼稚園や小学校の先生を志す学生たちが「本を読めない」と訴えることが多くなり,危機感を感じるようになったことが出版の契機だったようです。将来,同じような職業を志す生徒は必読です。
<この本の帯に記されている文章を紹介します。>
「これは,生きる歓びを子どもたちに伝えるための読書論。子どもと子どもの本の世界への,たしかな道しるべ。子どもにかかわって生きる人への激励の書です。」
令和2年6月19日
校長 小川 典昭
校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第7回ー
挑戦する読書第7回も前回に続いて伝記です。明治初期,荻野吟子(おぎのぎんこ)という日本初の女医とな人物の物語です。
渡辺 淳一『 花埋み(はなうづみ)』 集英社文庫
明治維新まもない頃,農家に嫁いだ「ぎん(本名)」は病を得て離縁され,実家に戻ります。その病がもとで女医になろうと決意します。当時,女性は医学の世界に入門さえできませんでした。学問を志すことは難しく,医者は男性の仕事とされていたのです。その状況をいかにして乗り越え,日本初の女医が誕生したのか・・・
古川女子高校看護科の歴史を受け継ぐ本校にあって,看護系の大学・専門学校に進学する生徒は今年も多いと思います。その生徒たちには是非一読をお勧めします。進路先が医療看護系でなくとも,女性に対する偏見との闘いに打ち克ち,明治18年,35歳にして念願の政府公認の医者として,産婦人科を開業した信念のひと,荻野ぎん63年の一生を読んで欲しいと思います。作家,渡辺淳一の名作です。 令和2年6月12日
校長 小川 典昭
校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第6回ー
生徒の皆さん!東京銀座で有名な木村屋のあんパンを知っていますか。明治の初めに誕生したあんパンですが,元祖はここ木村屋です。あまりにも有名ですから知っている人も多いと思います。それでは新宿中村屋のカレーパンはどうですか。クリームパンの元祖のお店ともいわれていますが,現在でもインドカレーといえばここ中村屋が有名です。今でも中華まんじゅうや月餅など全国展開の有名なお店ですが,創業者は「相馬黒光(そうま こっこう)」という女性です。今回は仙台出身,作家で実業家の彼女の伝記です。
宇佐美 承『新宿中村屋 相馬黒光』 集英社
最近は伝記を読まなくなりました。一昔前は幼少期から偉人伝を手に取り,こんな偉い人になりたいと子供心に思ったものです。エジソンやヘレンケラー,ガンジーやマザーテレサ。日本だったら野口英世や福沢諭吉,田中正造・・・もしくは歴史上の武将たちといったところでしょうか。
相馬黒光は本名は良(りょう)なのですが,あまりの才能と,激しい性格から「きらめく才気を黒で隠しなさい」と当時の校長からつけられたペンネームだそうです。
私は学生時代,近代文学の講義で,地元出身黒光の「黙移(もくい)」は当然読んでいるものとして質問され,私の周囲が難なく質問に答えているのを横目で見ながら,古本屋に本を探しに行ったことを覚えています。
黒光は結婚後,夫とともに中村屋を繁栄させるのですが,その傍ら,絵画や文学のサロンを作り,いまとなっては大変有名な彫刻家や画家を援助しました。有名なのはインドの独立運動のボースらをかくまったり,ロシアの詩人エロシェンコを自宅に住まわせて面倒を見たりと,旧仙台藩士の娘でありながら,キリスト教の洗礼を受け,現在の宮城学院,横浜のフェリス女学院,そして東京の明治女学校の島崎藤村らに学んだ相馬黒光。明治初期,志を持った少女「アンビシャスガール」と呼ばれ活躍した,地元宮城の彼女の人生に触れてみて下さい。
令和2年6月6日
校長 小川 典昭
校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第5回ー
先週と今週の2週にわたって登校日が設定され,生徒の皆さんの元気な声を久々に聞くことができました。校長室の前を通りかかった生徒と目があって,挨拶をしてくれる・・・そんな何気ないシーンが嬉しくて・・・私たち教員にとって疲れを癒やす一番の薬は生徒の笑顔なんだと改めて感じました。
さて「挑戦する読書」第5回です。今回はいわゆる読書案内本の紹介です。しかし,「挑戦する」読書案内です。手応えあります!
2009年4月から7月まで,作家である辻原登(つじはら のぼる)氏が東京大学で行った「近現代小説」という講義をもとに構成された本です。14回の講義のうちの10回が収録されています。文学に興味がある生徒は是非10代で読んでおいて欲しい本。東大の講義ですからそう簡単に理解できる内容ではないけれど,読み応えがあって,難しいなあと感じつつも読み進めていくと,いつの間にか講義に引き込まれ,これまで読んだことのない世界文学を手に取ってみたくなること間違いなしです。
辻原 登『東京大学で世界文学を学ぶ』 集英社文庫
日本近代文学を専攻した私は,近現代の世界文学を読む機会が少なかったのですが,少ない読書経験の中からもう一度読んでみようと,読み返した作品がセルバンテスの「ドン・キホーテ」。この本を読んでから読み返してみると面白さが全然違うのです。また「静かに爆発する短編小説」という副題がついた第4講義では,私はこれまで聞いたことのない,読んだことない作家(後から有名な作家であることはわかるのですが・・・)の短編がいくつも収録されていて,実際に短編を学生と先生が読んでいて,そのやりとりのシーンを読むことができます。辻原氏の解説がとても興味深くて,私はこの本を読破する前に読みたくなって,エルンスト・ブロッホや,ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編を探しに本屋に向かったほどです。
実際の講義に参加していたかったなあと感じました。でも・・・本になっているので難しいところは読み返して理解できますが,直接その場で聞いていたら理解できなかったかもしれませんね。紹介した講義はこの二つです。
○第4講義:私をどこかへ連れてって-静かに爆発する短編小説-
○第5講義:燃えつきる小説-近代の三大長編小説を読む-
①セルバンテス「ドン・キホーテ」
どうでしょう。挑戦する価値ありの一冊です。
令和2年5月29日
校長 小川 典昭
校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第4回ー
6月1日(月)からようやく学校再開です。中高の時差登校,40分授業とはなりますが,一日を通して授業を展開します。生徒のみなさんは先週,今週の登校日を通して連絡のあった内容を十分に理解し,授業再開に備えて下さい。先生方も感染予防に向けて,「学校の新しい生活様式」を確認し,皆さんの登校を待っています。3ヶ月に及ぶ休業中,ロイロノート等での学習に真面目に取り組んだ皆さんの努力に心から敬意を表します。
さて「挑戦する読書」第4回です。今回は国立西洋美術館開館に至るある一人の日本人の物語。それまで西洋の有名な画家の作品を雑誌や複製画でしか見ることができなかった日本の画家たちや,青少年のために全財産をかけて奔走した「松方幸次郎」の物語です。
原田マハ 『美しき愚かものたちのタブロー』 文藝春秋
東京上野公園内,動物園へと向かう右手に国立西洋美術館が建っています。私も何度も足を運んだ美術館ですが,中に入ると「松方コレクション」なる説明書きがあって,読んだ記憶はあるのですが,実はこの実業家である松方幸次郎が,ロンドンとパリで,命をかけて買い集めた作品だったことはあまり気にも留めませんでした。
この本を読んでみると戦争によってその作品がフランス政府によって接収されてしまい,日本での本格的な美術館建設が頓挫してしまいそうになったこと。取り返そうと必死になった当時の吉田茂首相のエピソードや,クロードモネとの親交,ゴッホやルノアールといった有名な画家の作品との出会いの経緯も描かれ,美術好きの人であればどんどん作品の世界に引き込まれていきます。
日本人は世界でも有名な美術好きの国といわれます。「ほんものの絵をみたことがない日本の若者たちのために,ほんものの絵が見られる美術館を創る。それがわしの夢なんだ。」と語った松方幸次郎の理想と信念に触れてみて欲しいと思います。日本に松方幸次郎がいなかったら,画家を目指す青年たちはどうなっていたのだろう・・・
令和2年5月25日
校長 小川 典昭
校長より生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第3回ー
宮城県においても非常事態宣言が解除され,長かった学校の臨時休業にも光が見えてきました。来週は分散登校ではありますが,ようやく生徒の皆さんと会えることになりました。短時間ではありますが,18日(月)から20日(水)まで,まずは中学校と高校が午前午後に分かれて登校することになります。生徒職員お互いに,感染予防に十分留意し,6月1日の授業再開に向けての準備をしたいと思います。先生方も笑顔いっぱいです。
さて「挑戦する読書」第3回です。今回は戯曲(ぎきょく)です。平たくいえば,お芝居の台本ですね。仙台一高出身で仙台文学館初代館長さんとしても有名な,劇作家です。
井上ひさし 『雨』 新潮文庫
私はお芝居が好きです。理由の一つは,こんなことを言うと演劇人から叱られるかもしれませんが,役者さんを生(なま)で見られること。芝居の面白さと,旬の役者さんを同時に味わえるという点で,井上ひさしの劇団「こまつ座」の芝居を多く観劇しています。中でも今回紹介する「雨」は,およそ10年ほど前に東京にでかけ,そのストーリーのすばらしさ,どんでん返しの結末に驚き,今でも印象に残っている作品です。見終わってから,この本を何度か手にとって読み返したほどです。(東京まで出かけたのは,主役の市川亀治郎(今の猿之助)と,永作博美を生で見たかったということなんですが・・・)
昨年,本校に来校し,大講義室で夏目漱石「こころ」について講演され,引き続いて図書館で芥川龍之介「羅生門」について授業して下さった小森陽一先生を,皆さん覚えているでしょうか。新潮文庫を手に取ってみると,実は,解説を書いていらっしゃるのが小森先生でした。先生の解説の冒頭を紹介すると・・・
「江戸の金物拾いの徳(とく)が,外見がそっくりだと言われて,羽前国平畠藩の紅花問屋の当主である紅屋喜左衛門に成りすまそうとして,逆に仕掛けられていた罠にはめられてしまうのが『雨』の物語です。」
金物拾いという貧乏な境遇の徳が,裕福な紅花問屋(舞台は井上ひさしの生まれ故郷山形です)の主人に仕立て上げられ,自分もその気になって江戸の言葉を捨て,金物拾いの習性も必死で直して,本来の自分を次々と消していきます。ところがその努力が,最後になって仇となってしまうのです。実は平畠藩の財政を救うために紅花の凶作として幕府を欺いていたことがばれて,その責めを喜左衛門一人にかぶせてしまおうとのたくらみだったのですが,別人であることを証明しようとすると・・・
戯曲というとなかなか手にすることが少ないと思います。しかしながら井上ひさしの作品は読み応えがあり,読み進めるうちに作品世界に引き込まれていくのです。この『雨』はおすすめです。
令和2年5月15日
校長 小川 典昭
校長より生徒の皆さんへ「挑戦する読書-第2回-」
臨時休業が今月末31日(日)まで延長されました。しかしながら,18日(月)からは中学校,高校ともに学年ごとに登校日を設定し,生徒の皆さんと会えることができるようになりました。学校においても,来週一週間は感染防止に向け,万全の準備をして皆さんの登校を待ちたいと思います。学校からの黎メールをしっかり確かめ,登校に備えて下さい。
さて「挑戦する読書」第2回です。今回はフランス文学です。
モーパッサン『脂肪の塊』岩波文庫
舞台は普仏戦争。プロイセン軍に占領されたフランス北部ルーアンという都市に住むフランス人たちが乗合馬車に乗って街から逃れようとしているところ。その馬車には「脂肪の塊(ブールドシェイフ)」と呼ばれた娼婦と,国会議員やワイン問屋を営むお金持ちの夫婦,上流階級の夫婦,伯爵夫妻,そして修道女2人などが乗車していて,馬車の中は当時のフランス社会を象徴する空間でした。
作品の前半では,乗客は取るものも取りあえず街を出ようとしたことで,空腹に苦しむ乗客が描かれます。ところが食料がたくさん入ったバスケットを取り出したのがブールドシェイフ。空腹に耐えかねていた人々に対し食料を勧めると,それまで車内で冷たい視線を浴びせ続けていた人々の態度は一変・・・。
物語は馬車が占領されている場所を通る佳境に入ります。
通行を禁止され一行は足止めを食らいます。なかなか出発を許されず,命の危険を感じ始めた一行は、空腹を満たしてくれた恩義も忘れ、ブールドシェイフに対し,ことば巧みに犠牲の精神を説いて,プロイセン軍の士官に身を売らせようとします。ここから結末までは是非手にとって読んで欲しいと思います。
実は他人に対する思いやりを持っていたのは娼婦ひとり。社会的に蔑まれている娼婦を主人公に人間の醜さを浮かび上がらせたモーパッサンのデビュー作です。私は大学生の時に初めて読んで,それまで外国文学を読まずにきた自分自身に焦りを感じた作品です。人間の内面に鋭く切り込んだこの作品に挑戦してみてはどうですか!
令和2年5月8日
校長 小川 典昭
校長より生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」-第1回-
学校の臨時休業が再延長となりました。再開を心待ちにしていた生徒の皆さんにとっても,私たち教職員にとっても,辛い時期が続くことになります。先生方も気持ちを切り替えて,皆さんの登校を心待ちにしながら,教材研究,課題作成に集中しています。
休業中にあっても,本校の先生方とロイロノート等でつながり,自学自習に取り組んでいる生徒の皆さんの学習意欲に心から敬意を表するとともに,この時期だからこそ取り組める読書を!との思いから,普段,あまり手にする機会のない本を紹介してみたいと思い,ペンを執りました。
第1回は・・・
保坂和志『「三十歳までなんか生きるな」と思っていた』草思社
この本は,私が国語の教員として,小論文の受験指導で目にしたのが最初でした。何と言ってもこのタイトルが衝撃的です。 本の帯に綴られている言葉には”結論に逃げ込まずに、「考える」行為にとどまりつづけろ! ”とあり,読者に対し,真に「考える」ことの意味を問い,読者を本質的な思考に導く書であることが,おぼろげながら伝わってきます。
中学・高校時代は,自分とは何か,人は何のために生きるかといった自分自身との対話の中で苦しみ,正解にたどりついたとは思えずに挫折感ばかりを覚える時代なのかもしれません。しかし,このもがき苦しむ時間が青年期には必要です。一般化され,目の前に投げ出された結論に飛びついてしまっては,自分の前に立ちはだかる壁を前に逃げ出すことばかりを選択する大人になってしまう。この答えのない哲学的な問いに耐えうる粘り強さを身に付けることができるのも青年期なのです。
「十代のときに感じる世界の手触り」「わかるという檻」「”才能”なんて関係ない」「頭の働きは二十代がピークなのか」「”自分の考え”は”自分の考え”ではないかもしれない」「三十歳になるなんて思ってなかった」・・・・
この本に私は40代で出会った。生徒の皆さんには,今だからこそお勧めする本。時間をかけてじっくり読んでみてほしいと思う本です。
令和2年5月1日
校長 小川 典昭